2026/09/10 09:54

5年前、札幌でのライブを企画してくれた
うたうたいのワカバヤシゲンキくんが
網走に向かう私に
「あそこら辺は囚人道路なんだよね」と言った。
「??」
その言葉を私は知らなかった。
5年前は北海道のことを何も知らなかった。
26年前、小学生だった子どもたちと初めて北海道に来た。
北海道の真ん中にある大雪山の麓で点々とキャンプして
富良野で「吾郎の石の家」を見て
釧路の和商市場で魚をいっぱい食べて
苫小牧からフェリーで帰った。
2週間の夏休みの思い出。。
その時の広大な自然に溢れた明るい北海道のイメージとともにある
北海道開拓の長い長い時間。
演奏の北海道ツアーは
それをすこしずつ体感していく時間でもあるようになった。
私は100年前のアイヌのおばちゃんだったと仮定してみる。
江戸時代から少しずつ内地から日本人が来て
私たちから土地を奪い、
ジメジメした悪い土地を与え、引っ越しさせられた。
私たちは人間なのに、動物のように考える人もいた。
鮭と米を交換して交易していたのだけど
「取引」が「搾取」に変わっていく。
男たちは怒り、拳を上げ鉄砲で撃たれ殺された。
神様の森を貫いて道路が作られた。
そこで働く人たちの多くが
「明治」の時代を築くときに邪魔になったかつての侍たちだったという。
彼らは「囚人」となって囚われて
北海道の原野を切り開いて大急ぎで道路を作る(なんだったか、政府の都合で期限を決められて)
と言う無謀なミッションに
雪の中、食べ物も睡眠も家もろくにない中で働かされた
道路の脇に点々と、行き倒れた「囚人」たちは埋められた。。
網走に向かってまっすぐな囚人道路を走る。
深い森の中、ここで死んでいった人たちの思いを、反芻する。
絶望しかない中で生きるとは、どんな人生だったろう。
私は100年前の囚人たちを監視する役割の若い男になってみる。
私は自分の役割を呪っただろうか?
それとも逃げ出そうとして手間をかけさせる「囚人」にイライラしただろうか?
それとも同じ境遇の中で生きる仲間のように助け合っただろうか?
上司に言われて、あるいは自分の役割に酔って、反抗する誰かを殺しただろうか?
たびたび出会う資料の中で
どの時代にもどの境遇にも、アイヌや囚人たちと人と人として向き合う人の存在がある。
心の中には、いろんなタネがまかれていて
誰の中にも、残酷さと、優しさや共感が矛盾して存在する。
願わくば、この世界が
優しさの、共感の、愛の種をゆっくり育てていけますように。。
