2026/09/09 20:42

札幌の中心地からはすこし離れた

東京で言うなら石神井公園、くらいな感じの場所にある天神山の麓にある古民家で、
アイヌ民族の伝統の歌をうたう豊川容子さんとのライブがありました。
うたうたいのワカバヤシゲンキくんが仕掛けてくれて、彼との3組でした。

容子さんの歌うアイヌの子守唄は、不思議な世界にさ迷い込んだよう。
彼女のこの子守唄はもう何度も聞いていたのに
この日突然、彼女に続く100年余りの、(あるいはもっと昔の)
アイヌの人たちが背負わざるを得なかった悲しみや悔しさや絶望
それでも未来の子供達へ希望を繋ごうとするあたたかな祈り。
その思いが歌の中からふっと立ち上がってきて
私をつよくとらえたのでした。

若い容子ちゃんが
いく百もの年を経たおばあのように見える。

彼女の後ろには確かに
悲しみの母も、泣いている子どもも
怒りの男たちも、絶望の中の死もあって、
それを抱くおばあが、まだ見ぬ未来の子どもたちに
大丈夫、お前たちは愛されてここにいる。
お前たちの未来のために私たちは
大切な果実を残してきたよと歌っている。

私にはそんな過去からの確かなつながりがあるだろうか。
私につながる人たちの思いを
こんなふうに感じたことがあるだろうか。
アイヌ一万年祭でいつもレラさんが言っている「ご先祖さま」と言う言葉が
私にはピンと来なかったのだけど
アイヌの人たちの物語を伝えていく力は
自分の民族にない、(か、失ってしまった)
とても魅力的なものなだと思う。
それに強く惹かれる。

そしていく人かから聞いた。
まだ現実の中にある、アイヌ差別のこと。。

私たちはやがて混じり合って
いつか日本人だとかアイヌだとかそのうちもう区別がつかなくなればいい。
イギリス人だとかロシア人だとかベトナム人なのかコンゴ人なのか
身体障害者なのか精神病者なのか流れ者なのか
侵略者なのか、まつろわぬものなのか。
それぞれの末裔たちが愛し合って、混じり合い
もういつかわからなくなればいい。
人間とかもののけとか生きているのか死んでいるのか
妖怪なのか化け物なのか  
全部が普通にこの世界にうようよとはびこっていけたらいい

それでもそれぞれの歌の記憶は誰かの胸に歌われ続ける。
歌はなぜだかわからないまま
心を苦しくして優しくしてそして、あたたかい涙を流す。